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vol.132 「800円のコーヒー」 by 浅野一郎


3月のテーマ:コーヒー

大人になったなあと思う瞬間がある。もちろん、年齢的には間違いなく
"大人"なのだが、しみじみと、昔はこんなことはできなかった、大人
になったからこそ、こんなことができるようになったのだな... と、ふ
と感じる瞬間が、コーヒーを飲んでいるときだ。

もちろん、他にもそんな局面はたくさんあって、たとえば街中でタクシ
ーを止め、乗り込んだときに「近くて悪いんですけど」と前置きをした
上で目的地を言うとき。ただ、別に心から、近くて悪いと思っているわ
けでは、もちろんない。
何となく、大人は乗るときにこう言う、という先入観があるだけなのだ
が、これを言った瞬間、いかにも場慣れした大人という気がするから不
思議だ。

要するに、単なるイメージでしかないのだが、コーヒーに関しては、特
に大人と紐付いている場面が多い。喫茶店に1人で入って「アメリカン
」と注文するとき。(「キリマンジャロ」ならば、大人度は格段に高ま
る) しかし、決定的に「コーヒー=大人」という概念が僕の中で定着
したのは、予備校の隣にあった喫茶店に入ったときだ。
そこのコーヒーは、何と一番安いもので800円。しかも、カップは自分
の好きなものの中から選ぶという、何から何まで初めて尽くしの体験だ
った。

必ずしもなくてもいいものに1,000円近くのお金を費やす... しばらくす
れば体外に排出されることが分かりきった液体のために、今までドー
ナツショップで200円程度のコーヒーしか飲んだことのない僕にとって、
かなり決断を迫られる瞬間だった。

そこで飲んだコーヒーの味は残念ながら忘れてしまったし、正直言って、
そこの喫茶店での体験が、その後の人生で鮮烈な印象を持って輝いてい
るわけでもない...
ただ、僕の中で「大人」を感じる時というのが、"無駄なことに時間と
お金を使って、精神的満足を得た時"という定義づけができたことは確か
だ。

というわけで、精神面はどうか分からないが、一応、年齢的に大人にな
った今でも、本を読むのは喫茶店でコーヒーを飲みながらと決めている。
家で読んだほうが快適だし、何よりお金もかからないのに、わざわざ外
行きの服を着て、ある程度のお金を持ち、家を出る。
そして、何杯も飲んだコーヒーで気持ち悪くなりながら、本を1冊読み
終える。あえてその不都合のためにお金と時間を浪費するということに
満ち足りた気分になって帰宅する。

たまに、自分は何と馬鹿げたことをしているのだろうかと思う。でも、
それが無性に面白いし心地いい。よく、若い頃に戻りたいか?と聞かれ
るが、僕は絶対に嫌だと言う。馬鹿げたことができなくなってしまうか
ら。大人は最高だ。