今週の1本

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2012年11月 アーカイブ

vol.142 『キッズ・リターン』 by 桜井徹二


11月のテーマ:幸福

ひと昔前、渋谷駅のあたりを歩いていると宗教か何かの勧誘でいきなり「幸せですか?」と声をかけてくる人たちがいた。ふざけて「幸せです!」なんて答えている人もたまにいたけれど、僕はたいていの人と同じように、「あ、いやまあ、その...」みたいな感じでその場を立ち去るくらいしかできなかった。

そういうところが関係しているのかは分からないけれど、映画でも「幸せ感」が前面に出ているような映画はあまり得意ではない。華やかなパーティにパッとしない服で来てしまった時のような居心地の悪さを感じるのだ。

一方で、さして幸せではない状況から始まり、さらに打ちのめされて不幸の底に沈む。そんな種類の映画にはなぜか共感できることが多い。『キッズ・リターン』もそういう作品の1つだ。

この作品が優れているのは、若者を無条件で肯定するのでもなく、100パーセント否定するのでもないところだ。能天気な青春賛歌でもなければ若者の明るい未来を示唆しているわけでもない。といって、ただの転落者の話でも、チンピラ映画でもない。

それが如実に現れているのが、あの有名なセリフだ(「俺たち、終わっちゃったのかな」「バカ、まだ始まっちゃいねえよ」)。登場人物にも観る者にもじりじりと溜め込まれていた感情が、この瞬間に鮮やかに爆発する。

このセリフを聞けば、多くの人は「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」というような感想を抱くような気がする。はっきり言って、なんだかもやもやとした感情だ。それでも、このセリフは圧倒的にすばらしい。なぜか? たぶん、そのもやもやにはある種の真実が含まれているからだと思う。

「幸せですか?」という質問に「幸せです/不幸せです」の二者択一で答えることができないように、すべての問いにイエス、ノーの答えが用意されているわけではない。そこには常に「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」可能性が潜んでいる。その拭い去りがたいもやもやこそが、僕らが生きている世界の現実なのだ。『キッズ・リターン』は、そのことをこの短いセリフで示しているのだと思う。

それはそうとして、この映画はオープニングが本当にかっこいい。車で陸橋の下をくぐる時なんかは、いつもこのオープニングタイトルが出るシーンを思い出してしまう。ぜひオープニングだけでも観てみてください(そんな人はいないか)。

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『キッズ・リターン』
監督:北野武
出演者:金子賢 安藤政信
公開:1996年
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vol.143 『Promised Land(原題)』 by 藤田彩乃


11月のテーマ:幸福

今、人類が抱える最大の課題、エネルギー問題。シェールガス開発の危険性がメディアをにぎわせ、日本でも脱原発が叫ばれる昨今、クリーンエネルギーへの社会的関心は高まっている。そんなエネルギー問題を扱った作品をご紹介しよう。マット・デイモン主演、ガス・ヴァン・サント監督の最新作「Promised Land」だ。

大手エネルギー会社グローバルの敏腕セールスマン、スティーヴは、同僚のスーと共に、天然ガス採掘のためペンシルヴァニアのある小さな田舎町にやってきた。農業も衰退し政府の補助金なしでは生活できない貧しい町の現状を考えると、住民は大企業の開発計画を歓迎するものと思われた。しかし、住民への説明会で地元の学校で長年教師をしているフランクがガス採掘に伴う問題を提起。さらには、過去にグローバルのガス採掘で地元の土地が汚染されたことがきっかけで環境保護活動家になったダスティンが、天然ガス採掘が土壌に与える影響を住民に訴え始め、スティーヴの仕事を妨害する。任務が難航し予想外に長く滞在する羽目になったスティーヴは、バーで出会った女性アリスやフランクなど町の人々との交流を通して、自分の仕事や人生を見つめ直していく。

本作で描かれているのはHydraulic fracturing(水圧破砕)という技術。英語では通称fracking とも呼ばれる。水圧により人工的に地層に割れ目を作りガスを抽出するという手法で、個々に垂直に掘るよりも、効率的で安価にガスを採取できる。しかし化学物質を含む水を大量に流しこむため、人体や環境への影響が懸念されており、すでに市民による抗議活動も行われている。実際に、高濃度のメタンが井戸水から検出されたり、周辺の住民に健康被害が出たりという事例もたくさん報告されており、政府も本格的な調査に乗り出している。

所有する農場の採掘権を売れば、何もせずに一攫千金が手に入る。実際に巨額の金を前に、契約書にサインする農家の人は多いだろう。家族にお金の心配をさせなくて済むどころか、夢のような贅沢な暮らしができる。一方で、先祖代々受け継がれてきた土地が汚染され、日々の生活や家族の健康を危険にさらす可能性もある。さて、あなたならどうする?

ネタバレになるので詳細は伏せるが、終盤にはちょっとした意外なストーリー展開もあり、そこには、エネルギー業界が繰り広げるロビー活動や策略も垣間見ることができる。水圧破砕が、人体や環境にもたらす悪影響が説明されていて、この問題を広く世に知らしめるのに一役買うだろう。

エンディングは、エネルギー会社を受け入れるかどうかを問う住民投票が行われるシーンで終わり、結局その町がどういう決断をしたのかは描かれていない。個人的には、エンディングを視聴者にゆだねるタイプのストーリー展開は好きではないが、本作に限っては、それが効果的に働いていた。安易に「水圧破砕は危険だから止めるべきだ」というメッセージを伝えることもできたと思う。勧善懲悪を好むハリウッド映画であれば、そういう展開にするのが普通かもしれない。しかし、多くの田舎町ではエネルギー会社を受け入れないと町が死んでいくのも事実だ。どちらの立場も一概には否定できない。そんな現実が抱えるジレンマを、忠実にフェアに描いていたように思う。

毎日、当たり前のように電気を使う生活を享受していると、石油をめぐる戦争をはじめとするエネルギー問題は、どうも他人事のように思えて、きっと何とかなるものだと思いがちだ。しかし、私たちの便利な暮らしは、こういったエネルギーに支えられている。人間にとって本当に幸福な生活とは何なのだろうか。国として、個人として、これからどのような道を進むべきなのか。そんなことを考えさせられる映画だった。

残念ながら日本での公開は未定。アメリカでは12月から公開される。

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『Promised Land(原題)』
監督:ガス・ヴァン・サント
出演者:マット・デイモン、ジョン・クラシンスキー、フランシス・マクドーマンド
脚本:マット・デイモン、ジョン・クラシンスキー
製作国:アメリカ合衆国
公開:2012年
http://focusfeatures.com/promised_land
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vol.144 『Harold & Kumar Go to White Castle』 by 野口博美


11月のテーマ:幸福

今月のテーマは幸福。幸せって何だろうと改めて考えてみると、何かをやり遂げた時に感じることが多い気がする。例えば最近ランニングブームに乗り遅れつつも皇居の周りを走り始めた私は、毎回ゴールの瞬間にちょっと幸せな気分を味わっている。

そんな小さな幸せのために思わぬ困難に直面するのが、今回ご紹介する「Harold & Kumar Go to White Castle」の主人公ハロルドとクマールだ。韓国系とインド系のアメリカ人でルームメートの彼らは、どうしても"ホワイト・キャッスル"のハンバーガーが食べたい!と夜中に思い立つ(ちなみにホワイト・キャッスルはアメリカに実在する小さな四角いハンバーガーで有名なファーストフード店です)。意気揚々と家を出発した2人だったが、アライグマに噛みつかれて病院行きになったり車を盗まれたりとあり得ないトラブルに次々と見舞われ、なかなか目的地にたどり着くことができない。これでもかと襲いかかる試練にくじけそうになっても、"I want that feeling. The feeling that comes over a man when he gets exactly what he desires. I need that feeling!"と宣言してモチベーションを上げるハロルドとクマール。そのうちに"This is about the pursuit of happiness."と、ハンバーガーについて話しているとは思えないようなセリフまで飛び出し、軽い気持ちで始めたことが絶対に達成しなければならない目標になっていく。

さまざまな困難を乗り越えた2人がようやくホワイト・キャッスルにたどり着き、白目をむきながら小さなハンバーガーにかぶりつく幸せそうな表情を見ていると思わずハッピーな気分になることうけあいだ。

アメリカならではの人種差別ネタや下ネタが満載ですごく楽しめるコメディなのだけれど、どんなに小さな目標でもゴールに向かってがむしゃらに突き進み、それを達成した時には大きな幸せを感じられる、そんなことを教えてくれる作品だと思う。
続編もいくつか出ているし、本国では人気シリーズのはずなのに日本で公開されていないのは残念だが、いつか日本に上陸したらぜひ観ていただきたい1本だ。


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『Harold & Kumar Go to White Castle』
監督:ダニー・レイナー 
出演者:ジョン・チョー、カル・ペン
製作国:アメリカ
公開:2004年
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