今週の1本

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vol.142 『キッズ・リターン』 by 桜井徹二


11月のテーマ:幸福

ひと昔前、渋谷駅のあたりを歩いていると宗教か何かの勧誘でいきなり「幸せですか?」と声をかけてくる人たちがいた。ふざけて「幸せです!」なんて答えている人もたまにいたけれど、僕はたいていの人と同じように、「あ、いやまあ、その...」みたいな感じでその場を立ち去るくらいしかできなかった。

そういうところが関係しているのかは分からないけれど、映画でも「幸せ感」が前面に出ているような映画はあまり得意ではない。華やかなパーティにパッとしない服で来てしまった時のような居心地の悪さを感じるのだ。

一方で、さして幸せではない状況から始まり、さらに打ちのめされて不幸の底に沈む。そんな種類の映画にはなぜか共感できることが多い。『キッズ・リターン』もそういう作品の1つだ。

この作品が優れているのは、若者を無条件で肯定するのでもなく、100パーセント否定するのでもないところだ。能天気な青春賛歌でもなければ若者の明るい未来を示唆しているわけでもない。といって、ただの転落者の話でも、チンピラ映画でもない。

それが如実に現れているのが、あの有名なセリフだ(「俺たち、終わっちゃったのかな」「バカ、まだ始まっちゃいねえよ」)。登場人物にも観る者にもじりじりと溜め込まれていた感情が、この瞬間に鮮やかに爆発する。

このセリフを聞けば、多くの人は「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」というような感想を抱くような気がする。はっきり言って、なんだかもやもやとした感情だ。それでも、このセリフは圧倒的にすばらしい。なぜか? たぶん、そのもやもやにはある種の真実が含まれているからだと思う。

「幸せですか?」という質問に「幸せです/不幸せです」の二者択一で答えることができないように、すべての問いにイエス、ノーの答えが用意されているわけではない。そこには常に「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」可能性が潜んでいる。その拭い去りがたいもやもやこそが、僕らが生きている世界の現実なのだ。『キッズ・リターン』は、そのことをこの短いセリフで示しているのだと思う。

それはそうとして、この映画はオープニングが本当にかっこいい。車で陸橋の下をくぐる時なんかは、いつもこのオープニングタイトルが出るシーンを思い出してしまう。ぜひオープニングだけでも観てみてください(そんな人はいないか)。

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『キッズ・リターン』
監督:北野武
出演者:金子賢 安藤政信
公開:1996年
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