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vol.138 『梅ちゃん先生』 by 浅川奈美


9月のテーマ:食

家族が食卓を囲む。
朝に夕にと、どこの家庭にも見られる風景。万人にとってこの当たり前すぎる日常イベントが映像作品の中に描かれるとき、それは実に多くのことを観客に伝えてくれるのである。
オーソン・ウエルズ監督・脚本・主演の不朽の名作『市民ケーン』(1941年アメリカ)では、食卓をはさみケーンと妻を対比的にとらえたショットを使い、月日の流れとともに二人の関係が冷めていく様を実に効果的に描いている。
また2010年、世界中に衝撃を与えた『冷たい熱帯魚』(園子温監督)でスクリーンに映し出されたのは、きれいに盛り付けられた夕食の品すべてが冷凍食品を解凍したものばかりという食卓。映画が始まってわずか数分で訪れるこのシーンは、いつ壊れてもおかしくない逼迫した家族の関係性を印象付けた。多くの映像作品においてこの食卓シーンは頻繁に見られる。

第2次世界大戦後の東京。ある家族の食卓には、この家における絶対の権力者「昭和の頑固親父」を中心に、おおらかな良妻賢母の母、祖母、長女、長男、次女、6人が集う。
長男が父親に意見するのも、次女が結婚の許しを得るのも夕食時である。
なにやらうれしいことがあると、ご飯をほおばりながら思わず笑みがこぼれる。
「あら、梅子。何かうれしいことでもあったの?」
心のモヤモヤが晴れず箸がなかなか様子に、家族の誰かが気づきこう言う。
「どうした梅子。なんか元気がないじゃないか。」
お祝い事があると家族一同に加え、お隣一家までもかけつけ、喜びを分かち合うのもこの食卓だ。

ご存知、NHKでOA中の、連続テレビ小説『梅ちゃん先生』の食卓である。視聴率24.9%までも記録した尾崎将也脚本の人気ドラマだ。食事シーンがほぼ毎回登場する。そこで交わされる会話と動作一つ一つから、家族間の人間模様、登場人物の性格などなど、多くの情報が映し出される。出来事や事件のきっかけは、たいてい食卓から始まり、そして家族に共有されていく。食卓でのひと時は下村家にとってまさに核ともいうべき大切な時間なのだ。その日常当たり前イベントにおいて、なくてはならないのが母・芳子の存在。食事中、彼女は控えめで父を立てる黒子。がしかし、彼女が料理を作らなければこの朝夕のイベントは始まらないのである。

ある日、父・建造のちょっとした一言を機に、芳子は、家を出ていってしまう。長女は既に嫁いでおり、さらに頼みの祖母も腰を患ってしまい、結果、梅子は診療所の仕事と家事のすべてを担うことに...。てんてこまいな日々。また梅子は料理が苦手ときたものだから、下村家にとって、コレはまさに深刻なクライシスなのである。
芳子の居場所が分かり安堵する家族。頑固な建造は、芳子の家出の理由に心当たりはあるものの、一言、謝ることができない。ところが数日が過ぎ、芳子は家に帰ってくる。夜、下村家の庭先。芳子の帰宅に気づくも、あわてて庭掃除をする建造。帰宅の挨拶をする芳子を振り返るわけでもなく、建造は美しく咲き誇る梅の花を見上げたまま、訥々と語る。

「おい...

梅子が作る飯がまずくていかん

おまえじゃなきゃいかん...


もう 出て行くな」


「はい... わかりました...」

目を潤ませ、こたえる芳子。二人は黙って春の訪れを告げる梅の花を見上げる。その顔には温かな微笑みが浮かんでいるのであった。

分かっていただけるだろうか?この極めて少ないセリフ、そして行間に、ものすごく多くの気持ちが交わされたことを。夫婦の、そして家族の絆を再び確かめ合った瞬間。美しい。このシーンに感動できる日本人でよかった。
今まで、視聴者はずっと一緒に下村ファミリーと食卓についてきた。父の威厳、母の愛情を目の当たりにし、家族の間に流れる温かな空気を感じ、子供たちの成長をともに眺めてきたのだ。画の中で流れる当たり前の日常イベントを通じたこの共有体験があるからこそ、観るものの心はこれほどまでに揺さぶられるのだろう。

食事のシーンはまとめて撮影されるため1日に16食も食べたこともあったとか。(笑)『梅ちゃん先生』は、今月29日に最終回を迎える。超絶かわいい梅ちゃん(堀北真希)に萌える日々ともおさらばかと思っただけで、悲しくて寂しくて気持ちのやり場に戸惑う。それは私にこの秋訪れるクライシスなのであった。


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『梅ちゃん先生』 第126回「魔法の言葉」
出演者:堀北真希 高橋克実 南果歩 松坂桃李 ミムラ 小出恵介 ほか
脚本: 尾崎将也
全156回(2012年4月2日~)
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