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vol.140 『サウダーヂ』 by 石井清猛


10月のテーマ:郷愁

日英映像翻訳コースや日英翻訳の現場にかかわり始めてからというもの、公私を問わず見る日本映画の数が跳ね上がったと同時に、日本映画に詳しい外国の方々に会う機会も飛躍的に増えました。国境や言葉の壁を軽々と超えて、日本映画を自国の作品と同等にあるいはそれ以上に愛してやまない、様々な国からやってきた人々。そんな"邦画共和国"の住民の1人、ジョナサン・ホール講師が、あるとき私に熱心に薦めてくれた作品が『サウダーヂ』でした。

「これまでに見たことのないような、"新しい群像劇"を見た気がする」と興奮気味に話すジョナサン・ホール講師の言葉に促されて、いそいそと劇場に向かった私は、その3時間弱にわたる異様に高密度な映像と音と物語の束に触れ、途方に暮れました。公開からロングランが続く中、半年以上たっていてもなおほぼ満席となった劇場で私たちが見たのは、胸を突くラブストーリーであり、痛烈なコメディであり、禍々しいサスペンスであり、ハードなアクションであり、晴々としたエンターテイメントであり、猥雑な群像劇でした。つまるところそれは、"新しい映画"だったのです。

映像制作集団"空族"を率いる富田克也監督が切り取る画面には、複数の物語と、それらを生きる様々な国籍の人の姿が刻みつけられています。
わけても"人の顔"を映し出した画面は圧巻で、『サウダーヂ』は、物語を編集することによってではなく、人の顔をとらえたショットの強さによってつなげ合わせた群像劇ではないか、と思えてくるほどです。
まさに映画を生きているという他ない彼らの顔を確かめるためだけでも、この作品を見る価値があるのではないでしょうか。

特に不遜さと幼さをにじませた田我流の顔は『動くな、死ね、甦れ! 』のワレルカ少年を思わせ、圧倒的な存在感を放っています。
さらに主演の鷹野毅、伊藤仁、そしてギターを弾いて歌うディーチャイ・パウイーナの顔も必見です!

それにしてもこの作品にとって"郷愁"とは一体何なのでしょう。
映画の中で日系ブラジル人が一度だけ口にする"サウダーヂ"という言葉、"郷愁"と名付けられた作品のキーワードであってしかるべきその言葉は、しかし、舞台である甲府市の土木現場に舞う砂ぼこりのように、湿った熱風にさらわれて消えていくばかりです。

日系ブラジル人のヒップホップグループが"いまここ"で生きることを歌うように、鷹野毅演じる精司がタイ人ホステスの故郷に思いを馳せるように、あり得るかもしれない複数の異なる郷愁。『サウダーヂ』は、そんな複数の郷愁のすべてを肯定しながらも、なお渇望することを止めません。
この作品は私たちが探し続けている"新しい郷愁"への、獰猛な祈りのようなものではないか、そんな気がします。

映画終盤、あの長い移動撮影の場面で、BOØWYの「わがままジュリエット」が流れたのは、決して特定の世代の郷愁を誘うためではありませんでした。
『ブルーベルベット』の「In Dreams」、『汚れた血』の「Modern Love」、そして『牯嶺街少年殺人事件』の「Are You Lonesome Tonight?」と同じく、私たちが「わがままジュリエット」をかつてのような気持ちで聴くことは恐らくもう二度とないのでしょう。

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『サウダーヂ』
製作:伊達浩太朗/富田智美
監督:富田克也
脚本:相澤虎之助、富田克也
撮影:高野貴子
出演:鷹野毅、伊藤仁、田我流、ディーチャイ・パウイーナ、尾崎愛
製作国:日本
製作年:2011
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