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vol.143 『Promised Land(原題)』 by 藤田彩乃


11月のテーマ:幸福

今、人類が抱える最大の課題、エネルギー問題。シェールガス開発の危険性がメディアをにぎわせ、日本でも脱原発が叫ばれる昨今、クリーンエネルギーへの社会的関心は高まっている。そんなエネルギー問題を扱った作品をご紹介しよう。マット・デイモン主演、ガス・ヴァン・サント監督の最新作「Promised Land」だ。

大手エネルギー会社グローバルの敏腕セールスマン、スティーヴは、同僚のスーと共に、天然ガス採掘のためペンシルヴァニアのある小さな田舎町にやってきた。農業も衰退し政府の補助金なしでは生活できない貧しい町の現状を考えると、住民は大企業の開発計画を歓迎するものと思われた。しかし、住民への説明会で地元の学校で長年教師をしているフランクがガス採掘に伴う問題を提起。さらには、過去にグローバルのガス採掘で地元の土地が汚染されたことがきっかけで環境保護活動家になったダスティンが、天然ガス採掘が土壌に与える影響を住民に訴え始め、スティーヴの仕事を妨害する。任務が難航し予想外に長く滞在する羽目になったスティーヴは、バーで出会った女性アリスやフランクなど町の人々との交流を通して、自分の仕事や人生を見つめ直していく。

本作で描かれているのはHydraulic fracturing(水圧破砕)という技術。英語では通称fracking とも呼ばれる。水圧により人工的に地層に割れ目を作りガスを抽出するという手法で、個々に垂直に掘るよりも、効率的で安価にガスを採取できる。しかし化学物質を含む水を大量に流しこむため、人体や環境への影響が懸念されており、すでに市民による抗議活動も行われている。実際に、高濃度のメタンが井戸水から検出されたり、周辺の住民に健康被害が出たりという事例もたくさん報告されており、政府も本格的な調査に乗り出している。

所有する農場の採掘権を売れば、何もせずに一攫千金が手に入る。実際に巨額の金を前に、契約書にサインする農家の人は多いだろう。家族にお金の心配をさせなくて済むどころか、夢のような贅沢な暮らしができる。一方で、先祖代々受け継がれてきた土地が汚染され、日々の生活や家族の健康を危険にさらす可能性もある。さて、あなたならどうする?

ネタバレになるので詳細は伏せるが、終盤にはちょっとした意外なストーリー展開もあり、そこには、エネルギー業界が繰り広げるロビー活動や策略も垣間見ることができる。水圧破砕が、人体や環境にもたらす悪影響が説明されていて、この問題を広く世に知らしめるのに一役買うだろう。

エンディングは、エネルギー会社を受け入れるかどうかを問う住民投票が行われるシーンで終わり、結局その町がどういう決断をしたのかは描かれていない。個人的には、エンディングを視聴者にゆだねるタイプのストーリー展開は好きではないが、本作に限っては、それが効果的に働いていた。安易に「水圧破砕は危険だから止めるべきだ」というメッセージを伝えることもできたと思う。勧善懲悪を好むハリウッド映画であれば、そういう展開にするのが普通かもしれない。しかし、多くの田舎町ではエネルギー会社を受け入れないと町が死んでいくのも事実だ。どちらの立場も一概には否定できない。そんな現実が抱えるジレンマを、忠実にフェアに描いていたように思う。

毎日、当たり前のように電気を使う生活を享受していると、石油をめぐる戦争をはじめとするエネルギー問題は、どうも他人事のように思えて、きっと何とかなるものだと思いがちだ。しかし、私たちの便利な暮らしは、こういったエネルギーに支えられている。人間にとって本当に幸福な生活とは何なのだろうか。国として、個人として、これからどのような道を進むべきなのか。そんなことを考えさせられる映画だった。

残念ながら日本での公開は未定。アメリカでは12月から公開される。

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『Promised Land(原題)』
監督:ガス・ヴァン・サント
出演者:マット・デイモン、ジョン・クラシンスキー、フランシス・マクドーマンド
脚本:マット・デイモン、ジョン・クラシンスキー
製作国:アメリカ合衆国
公開:2012年
http://focusfeatures.com/promised_land
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