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2013年3月 アーカイブ

vol.150 『リンカーン』 by 藤田彩乃


3月のテーマ:応援

巨匠スティーブン・スピルバーグ監督が、第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンの人生を描いた秀作です。先月末に開催されたアカデミー賞では最多12部門にノミネートされ、リンカーンを演じたダニエル・デイ=ルイスが3度目の主演男優賞を獲得し、話題になりました。

見所はなんといっても豪華な俳優陣の迫真の演技。特にダニエル・デイ=ルイスは、リンカーンが乗り移ったとしか思えない熱演で圧倒されます。裏で泥臭い駆け引きをしたり、理想と現実の狭間で苦悩したり、リンカーンのパーソナルな面を見事に演じていて、見ごたえがあります。実際、世界の主要な映画での賞を総ナメし、今年の他のノミネート俳優に同情してしまったほどです。脇を固める俳優陣も実力派ばかり。妻のメアリーを演じるサリー・フィールドの好演も光りました。

本作の脚本家のインタビューによると、当初は脚本が400ページを超えたそうですが、最終的に、合衆国憲法修正第13条、いわゆる奴隷禁止条項を下院で可決するために奔走するストーリーだけに焦点を当てることにしたそうです。法案が成立するまでにいたる駆け引きは、現代の政治にもよく似ていて興味深いです。

欲を言えば、奴隷解放と南北戦争の関係性をもう少し丁寧に描いてくれてもよかったかもしれません。他の知事たちと裏で取引したり根回しをしたり、なぜあそこまでの労力を
費やしてリンカーンは奴隷制度を廃止したかったのか。そして、そもそもいかにして南北戦争に突入していったのかが描かれていなかったのは残念でした。

最近知ったことですが、リンカーンは人道的な見地から奴隷制に反対していたのではないようです。奴隷制を支持していたかは分かりませんが、少なくとも奴隷解放にはもう少し時間がかかると考えていたと思われます。奴隷解放にはさまざまな意図があったと思いますが、外交的、政治的な要因が大きかったと言われています。当時、奴隷を使った安い農作物などを輸入して利益を得ていたイギリスやフランスなどは、当初は南部を支持しようとしていたそうです。イギリスやフランスが南部につけば、北部は、南部に勝てない。そこでリンカーンは奴隷解放を宣言。すでに奴隷制が禁止されていたイギリス、フランスは、自国で人道的に認められていない制度を固辞する南部側を支援するわけにはいかなくなり、結果として北部が優位に立ったと言われています。そのあたりの経緯や背景が分かれば、もっと楽しめるのではないかと思います。

興味深いのは、共和党と民主党のスタンスが、当時と今では全く正反対であること。歴史とは実に面白いです。日本では4月19日に公開。お楽しみに。

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『リンカーン』
監督: スティーブン・スピルバーグ
出演:ダニエル・デイ=ルイス、サリー・フィールド
  デビッド・ストラザーン、ジョセフ・ゴードン=レビット他
製作国:アメリカ
製作年:2012年
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vol.151 『ワーキング・ガール』 by 浅川奈美


3月のテーマ:応援


早速ですが今日のコラムは、BGMつきでどうぞ。
Let The River Run - Carly Simon

東京でも桜が咲き始めた。今年の開花は平年より10日前後早いとのこと。花見も、これから急いで予定を立てないと散り始めてしまう!あわただしいことこの上ない。
この春、何かを始めたり、新しい環境に身をおいたりする人も少なくないだろう。キャリアアップを果たした人たちもいるに違いない。そんな季節だ。

今、なんらかの仕事をしている人。自分の能力や労働を提供して賃金を得ている人。その仕事はどのように手にしただろうか?

映像に携わる仕事をするようになってから久しく経つ。今まで、いろんなことがあった。
始まりは国際映画祭の運営担当。まったく経験のない自分が、コアメンバーとして携わった。勤務初日は国内の映画・映像関連会社に何百通とFAXを送って終わった。翌日から覚えることが山ほどあった。というよりむしろ、わからないことがわからない状態だった。見るもの聞くことがすべて初めてで、業界の当り前が、自分にとっては未知との遭遇。不安ばかりだったが、自分がやるしかなかった。代わりはいないのだ。その後、いろいろなプロジェクトに参加した。新しいことを始めるたびに勉強した。人に教えを乞うた。仲間を頼った。失敗もたくさんした。迷惑もかけた。時に上司と口論になったこともあった。会社のトイレで号泣したことも少なくない。それでも前に進んだ。いろんな人に出会えた。いろんな経験をさせてもらった。

「みんな仕事は自分で選んでいるっていうけど、でも、結局のところ、自分のことを選んでもらえて、初めて仕事ってできるんだよね」

一緒にやってきた映画祭のチーフプロデューサーが言ったことばだ。彼はマルチクリエーターとして、今でもメディアをはじめ多方面で活躍する。誰もが認めるような才を備えた人であっても、この謙虚さだ。宴の席だったが、襟を正して聞いたものだ。どんなに実力があったとしても、努力して踏ん張ってその地位まで勝ち上がってきたとしても、最後は選ばれて何ぼなのだ。今、自分の目の前にあるもの。出会えた仕事、選んでいただいた仕事に感謝する。その姿勢を失わないで行きたい。その気持ちが必ず自分を次のチャンスにつなげていく。

『ワーキング・ガール』は、1980年代のマンハッタンが舞台。フェリーでウォール街に通勤する学歴もない主人公テスが最後にはウォール街の住人になっていくサクセストーリーだ。今、お聞きの主題歌、 Carly SimonのLet The River Runがオープニングとクロージングの空撮シーンを彩る。映し出されるマンハッタンに凛とそびえたつWTC。強いアメリカ経済の象徴でもあった今はなきその姿が痛々しくもある。純粋に「働く」ということに対し前向きにさせてくれる。前を向いて歩くあなたに見てもらいたい一本。

最後に、フレッシュマンたちに送りたい。『ピーター・パン』の作者の一言

幸福の秘訣は自分がやりたいことをするのではなく
自分がやるべきことを好きになることだ。
~サー・ジェームス・マシュー・バリー 劇作家~

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『ワーキング・ガール WORKING GIRL』
監督:マイク・ニコルズ
出演:メラニー・グリフィス、シガーニー・ウィーヴァー、ハリソン・フォード
製作国:アメリカ
製作年:1988年
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