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vol.150 『リンカーン』 by 藤田彩乃


3月のテーマ:応援

巨匠スティーブン・スピルバーグ監督が、第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンの人生を描いた秀作です。先月末に開催されたアカデミー賞では最多12部門にノミネートされ、リンカーンを演じたダニエル・デイ=ルイスが3度目の主演男優賞を獲得し、話題になりました。

見所はなんといっても豪華な俳優陣の迫真の演技。特にダニエル・デイ=ルイスは、リンカーンが乗り移ったとしか思えない熱演で圧倒されます。裏で泥臭い駆け引きをしたり、理想と現実の狭間で苦悩したり、リンカーンのパーソナルな面を見事に演じていて、見ごたえがあります。実際、世界の主要な映画での賞を総ナメし、今年の他のノミネート俳優に同情してしまったほどです。脇を固める俳優陣も実力派ばかり。妻のメアリーを演じるサリー・フィールドの好演も光りました。

本作の脚本家のインタビューによると、当初は脚本が400ページを超えたそうですが、最終的に、合衆国憲法修正第13条、いわゆる奴隷禁止条項を下院で可決するために奔走するストーリーだけに焦点を当てることにしたそうです。法案が成立するまでにいたる駆け引きは、現代の政治にもよく似ていて興味深いです。

欲を言えば、奴隷解放と南北戦争の関係性をもう少し丁寧に描いてくれてもよかったかもしれません。他の知事たちと裏で取引したり根回しをしたり、なぜあそこまでの労力を
費やしてリンカーンは奴隷制度を廃止したかったのか。そして、そもそもいかにして南北戦争に突入していったのかが描かれていなかったのは残念でした。

最近知ったことですが、リンカーンは人道的な見地から奴隷制に反対していたのではないようです。奴隷制を支持していたかは分かりませんが、少なくとも奴隷解放にはもう少し時間がかかると考えていたと思われます。奴隷解放にはさまざまな意図があったと思いますが、外交的、政治的な要因が大きかったと言われています。当時、奴隷を使った安い農作物などを輸入して利益を得ていたイギリスやフランスなどは、当初は南部を支持しようとしていたそうです。イギリスやフランスが南部につけば、北部は、南部に勝てない。そこでリンカーンは奴隷解放を宣言。すでに奴隷制が禁止されていたイギリス、フランスは、自国で人道的に認められていない制度を固辞する南部側を支援するわけにはいかなくなり、結果として北部が優位に立ったと言われています。そのあたりの経緯や背景が分かれば、もっと楽しめるのではないかと思います。

興味深いのは、共和党と民主党のスタンスが、当時と今では全く正反対であること。歴史とは実に面白いです。日本では4月19日に公開。お楽しみに。

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『リンカーン』
監督: スティーブン・スピルバーグ
出演:ダニエル・デイ=ルイス、サリー・フィールド
  デビッド・ストラザーン、ジョセフ・ゴードン=レビット他
製作国:アメリカ
製作年:2012年
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