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vol.148 「幸福の味」 by 藤田庸司


11月のテーマ:幸福

先日、雑誌の取材を受けた。テーマは"チーム翻訳"。1年ほど前から続いている大規模なドラマ翻訳プロジェクトの話を軸に、私と翻訳者3名(プロジェクトにおけるチームリーダーの方々)との座談会形式で進められた。
メディア・トランスレーション・センターでは、長尺の映像や大量の素材を短期で納品する場合、当たり前のように取り入れているチーム翻訳だが、一般的には"翻訳作業×チーム形態"が簡単には結びつかないらしく、しばしば興味深いという声を聞く。たしかに、翻訳という作業は、書斎に籠って辞書を広げ、コツコツと英文を分析し原稿を書いていくといった、個人で行う仕事というイメージが強い。

しかし、昨今のインターネット普及に代表される通信媒体、通信網の発達、高速化、それに伴う視聴者の欲求を満たすとなると、一人でコツコツ作業する従来のスタイルでは、目まぐるしく変わる時代の流れについていけない。「現地でオンエアされた番組を早く観たい!」、クライアント、いや視聴者のローカライズスピードに対する要求は量のいかんに問わず、限りなくリアルタイム、同時通訳ならぬ同時翻訳に近づく勢いで強まってきている。チーム翻訳は、そうした視聴者のニーズに応えるべく必然的に生まれ、今後もさらに発展し、有用化される作業スタイルだと思っている。

チーム翻訳作業は1つの案件に対してリーダーを立て、翻訳者同士のチェック作業を織り交ぜながら原稿完成を目指す。特記したいのは、単に素材を数名の翻訳者でシェアし、個別に上がってきた原稿を統合するだけでは、完成原稿のクオリティは確実に下がるということだ。作業スピードを上げながらも確かなクオリティをキープするには、それなりのメソッドがあり、これまで多くの試行錯誤を繰り返してきた。特に大きなプロジェクトが始動する時には必ずと言っていいほど、素材到着の遅れ、作業スケジュールの変更、翻訳担当者の交代、書式変更など、いくつもの障害が降りかかる。時には無理強いだと感じつつも、翻訳者に頑張ってもらわないといけない場面や、個々のキャパシティを踏まえたうえで、クライアントに納期の交渉をしなければならない場面も出てくる。この方法でいいのか?悪いのか?戸惑いながらも経験から得た感覚を信じ、原稿納品を目指して進めるのだ。

取材を受けている最中、1年前、プロジェクト始動時に行ったキックオフミーティングを思い出した。「ドラマ1タイトル(3シーズン)=全48話を40日で完納します!!」。私の組んだ強行スケジュールにミーティングの場が静まり返ったのを覚えている。メンバーの顔には"無理"と書いてあったが、私にはこの方たちとなら出来るという確信があった。個々の技術と仕事に対する姿勢を把握したうえでの自信だった。結果はクライアントに満足いただけたのみならず、視聴者からも字幕の出来に対するお褒めの言葉をいただいた。3名の翻訳者さんは当時を振り返り、口々に「死にそうな思いで頑張った」とやや苦い表情で語ったが、続けて「苦しかったが、そうした経験があったからこそ今の自分がある」、「苦しい中にも、一つの作品をみんなで仕上げる団結力、結束力には心地良さを感じた」と切実に語ってくれた。そうした言葉に秘められた彼らの思いや仕事に対する姿勢こそ、私の自信の裏づけだった。インタビューの中で私はプロジェクトメンバーを戦友と呼ばせてもらった。オーバーな気もするが、共に苦境を乗り越えることで、絆というか、信頼関係は生まれるものであり、共に困難を乗り越えた者だけが同等の幸福を味わうことができる。そして、もしその幸福を私のみならず、メンバー全員が味わえなければ、チーム翻訳は成立したとは言えないだろう。