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vol.153 「故意の予感」 by 石井清猛


2月のテーマ:予感

日々の仕事の現場において、映像翻訳者が新たな映像を前にして抱く予感とはどのようなものでしょうか。
ひとまずかなり切実だと思われるのは、引き受けた新しい仕事をうまくやり遂げられるかどうか、といった自らのパフォーマンスに関するもので、出端を悪い予感で挫かれるのだけは夢の中ですらご免こうむりたいと念じてはみるものの、相手が"予感"だけにこちらの意図でコントロールをできるはずもなく、そんな時はいい予感でも嫌な予感でもとりあえず甘んじて受け入れて、まずは仕事に精を出すというのが私たちに求められる姿勢ということになります。

もちろんひと口に予感といっても単純にいい悪いで分類すれば済むわけではありません。ともすれば予知や占いさながらにより具体的な細部を伴った予感が、ほのかではあれ訪れてしまう経験は、誰もが一度や二度は覚えがあるもの。さすがに人生が予感のみによって劇的に変わったり、開けたり、終わったりするものではないとはいえ、どうやら、そういった大小遠近様々な予感がもたらす感情や理性のさざ波が私たちの仕事や生活にそこはかとなく影響を与えていることは確かなようです。

例えばある人は何かを予感して帰り道でいつもと違う角を曲がったかもしれない。誰かに言葉をかけ、または言葉をのみ込んだかもしれない。ある人は予感を詩に綴ったかもしれない。ひょっとすると誰かが受け止めた予感が音楽になり、映画になったかもしれない。

それらの予感がやがて起こるであろう現実=未来と結びついていく、もしくは切り離されていく時、私たちは大抵その様子を固唾を飲んで見守るしか手立てがないのですが、一方で私は、人が自分にしか予感できない"何か"を予感してしまう事態そのものにも、強く興味を引かれます。
実際に当たるか当たらないかは別として、私たちは時に思いがけず"現実=未来"の姿を感知してしまうことがあり、誰もが必ずそれぞれのやり方でその予感と向き合うことになるのだとすれば、そこにはその人が生きる世界の形や大きさが反映されているとも言えるのかもしれません。

さて映像翻訳者が新たな映像を前にして抱く予感には、いい原稿に仕上げられるかどうかということ以外にどんなものがあるでしょうか。

例えばこの作品は記録的なヒットを飛ばすかもしれない。後世に語り継がれる名作になるかもしれない。専門家から認められ賞を授けられるかもしれない。見た人の暮らしを少しだけ豊かにするかもしれない。誰かと誰かの人生と結びつけるかもしれない。世界を変えるかもしれない。そして何よりも自分にとって大好きな、かけがえのない作品になるかもしれない。

初めの方で「予感はコントロールできない」と言っておいてなんですが、いい予感が訪れるように少しずつ準備をしておくことくらいは、私たちに許されていてもいい気がします。
この次はきっと、premonitionと一緒にinspirationが訪れますように。