今週の1本

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2013年6月 アーカイブ

vol.156 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』 by藤田庸司


6月のテーマ:衣替え

何か新しい事、特に習い事やスポーツを始めようという時、"まずは見た目から入る"などとよく聞く。内容や向き不向き、上達のスピードはさておき、まずはそれっぽい服装や装備、いわゆる外見を整えてからスタートしようという考え方である。一歩間違えれば「あの人は見かけだけだ」、「見かけ倒しだ」などと後ろ指を指される恐れもあるが、そうしたプレッシャーをはねつけるエネルギーを生み、自分のモチベーションを高めることとができるという点では理にかなったアプローチと言える。また人の持つ先入観、固定観念、自己暗示力は驚くほど単純で、それっぽい格好をすることで、できるような気がしてきたり、よりその世界に入り込みやすくなったりする。そのうち次第に思考や技術、内面のほうが伴っていくこともある。

さて、今日紹介する1本はそんな"見た目"のトリックがストーリーを盛り上げるレオナルド・ディカプリオ主演の『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』。実在した詐欺師、フランク・W・アバグネイル・Jrの自伝小説をベースにした脚本を基に、スティーヴン・スピルバーグがメガホンを取った大作である。

まるでカメレオンのごとく旅客機パイロット、医者、弁護士になりすまし、服装や振る舞いを巧みに変えつつ、偽造小切手で荒稼ぎするフランク(レオナルド・ディカプリオ)、それを追うちょっぴりマヌケなFBIの刑事カール・ハンラティ(トム・ハンクス)。二人の知恵比べ、頭脳戦が実にスリリングで面白い。その大胆不敵なフランクの詐欺手口が痛快で、悪者にもかかわらず観ていて思わず応援したくなる。また、豪華キャストにも注目したい。クリストファー・ウォーケンやマーティン・シーン、ひいては主人公フランクのモデルとなったフランク・W・アバグネイル・Jr本人(彼は逮捕後、刑期を全うし、後に実業家として成功した)もカメオ出演している。ただ、映像翻訳者としての立場から一言言わせてもらえば、作品を一言で表現できる、ポップでコミカルな邦題がほしいところ。『誰か僕を捕まえて!』とか(笑)。
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『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』
製作:ウォルター・F・パークス、スティーヴン・スピルバーグ
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ジェフ・ナサンソン
出演:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハンクス、クリストファー・ウォーケン
製作国:アメリカ
製作年:2002年
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vol.157 『リアリティ・バイツ』 by桜井徹二


6月のテーマ:衣替え

『リアリティ・バイツ』には印象的なセリフが数多くある。「あいつは超訳で本を読むアホだ」、「奨学金もCDの代金も踏み倒してやる」、「すてきなドレスだよ。まるでカーテンだ」...。そしてシーンで言えば、コンビニでかかる『マイ・シャローナ』で踊りまくる場面がよく知られている。

最後にとおして観たのはだいぶ前のことだが、それでもいくつものセリフやシーンを思い浮かべることができる。はじめて観た時となると学生時代だからもっと昔にさかのぼるが、同じように、その時に受けた印象は今でもはっきりと思い出せる。その時の僕が感じたのは、びりびりとしびれるような共感だった。

イーサン・ホーク演じるトロイをはじめとする登場人物たちは、厭世的でプライドばかり高く、何かと理屈をこねては他者を批判する。本当のところでは自分たちが何者で、何をすべきかもよく分かっていないが、社会に取り込まれてその一員になることに抵抗を感じ、それぞれの理想を追っている。

言ってしまえば、彼らは現実を知らない未熟な若者といえるかもしれない。でも当時の僕にとって、彼らは一種のヒーローであり、ロールモデルだった。僕も彼らと同じように、スーツを着て毎日会社に行くような生活に何となく抵抗を感じていたし、就職活動さえすることもなかった。自分には何かやるべきことがあるのではないかという漠然とした思いを抱いていた。

しかし、(映画のタイトルが示しているように)現実は厳しい。僕は大学卒業から数年後にはのらりくらりの生活から足を洗い、会社勤めを始めた。同じく映画でも、トロイの仲間たちは徐々に現実に向き合い、トロイもトロイなりに少しだけ地に足をつけて生きようとする。

もちろん、現実に目覚めたトロイたちがそのあとどうなったかは映画では語られていない。かつてのこだわりをすっかり忘れて高級車を乗り回したり、ゆうゆうと庭で鯉にエサをやったりしているかもしれない。仮にそうだとしても、僕もミニバラを育てたりしているのだから似たり寄ったりだろう。

でもそんなふうに現実にしっかり浸かりながらも、僕は今でもささやかな抵抗を続けている。その抵抗というのは、「スーツを着ない」というものだ(こうして書くと本当にささやかだけれど)。これまでいくつかの会社で働いてきたが、いつでもスーツ勤務ではない仕事を選ぶようにしてきた。もちろん必要があればたまには着るけれど、常時着たことはない。特にスーツを目の敵にしているわけではないが、いわば義理立てのように、それだけは頑なに守ろうとしてきたのだ。

だから普段はTシャツやポロシャツなどのカジュアルな服を好んでいるのだが、今では仕事柄、人前に立つことも少なくない。そうなるとシャツを着たり革靴を履いたり、一応ちゃんとした服装をする機会も多く、とくに寒い時期は毎日シャツを着ている。

『リアリティ・バイツ』の世界は日々遠のいていっているわけだが、それでも毎年、衣替えの季節にはシャツをやめてTシャツ中心の服装に切り替えるようにしている。スーツだろうとTシャツだろうとどちらでもいいようなものだし、つまらないこだわりなのもよく分かっている。だけど、これは姿勢の問題なのだ。

そんなわけで、僕も今日もまた何かと理屈をこねては、ささやかな抵抗を続けている。

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『リアリティ・バイツ』
監督:ベン・スティラー
出演:ウィノナ・ライダー、イーサン・ホーク
製作国:アメリカ
製作年:1994年
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