今週の1本

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2013年8月 アーカイブ

vol.160 『JAWS/ジョーズ』 by小笠原ヒトシ


8月のテーマ:魚

子供のころ、サメもクジラもイルカも魚だと思っていた。明らかに形状の異なるイカやタコ、カニやエビを魚と呼ぶことはなかったが、海や川で泳いでいる尾ヒレのある形状の生き物をすべて魚と呼んでいたはずだ。哺乳類という言葉を知る前のことだ。

それから何年か過ぎた夏休みのある日、映画『JAWS/ジョーズ 』を観た。スティーヴン・スピルバーグという監督の名は知らなかったが、初めて自分の意思で映画館に足を運んで観た洋画である。サメは魚類でクジラやイルカは哺乳類だと分かったのもそのころだった。しかし、今度はジョーズ(JAWS)とは英語でサメのことだと思い込んでいた。英語の辞書の引き方は知らなかった。その後、サメは英語でシャーク(SHARK)というのだと判明したが、しばらくの間、普通のサメがシャークで、怖い人喰いザメをジョーズと呼ぶのだという勝手な解釈をしていたはずである。

こうしたエピソードも含め、大げさに聞こえるかもしれないが、1975年に公開されたこの"魚"の映画は私の人生に少なからず影響を与えた。

クライマックスシーンで巨大サメとの格闘場面になると、少年はあまりの恐怖に「トイレに行く」とウソをついて席を立ってしまった。そして、ドア越しに聴こえるすさまじい音響(アカデミー賞で音響賞)と登場人物のセリフに耳を傾けた。どこかのタイミングでは席に戻りたいと思いながら。しかし、英語が分からないから、いつ戻ればいいかが分からない。これは英語ができるようになるしかないのだと思った。その後、少年はアメリカへ渡り、大学で映像制作を学び、ハリウッドで映画製作の仕事に就いた。ジョーズのおかげである。

私は泳げない。ジョーズのせいである。海の中が怖いのだ。初めて観たのがイルカが登場する『フリッパー』だったら、きっと泳げたに違いない。プールで泳げないというのは別の問題だともいえるが、すべてはあの映画館で味わった恐怖体験が原因でうまく泳げないのだと思っている。さらに、怖い映画がとても苦手である。ジョーズ以降に大量発生した動物パニック系映画はもちろんのこと、ホラー映画などは、どんなに話題となった作品でも自分からすすんで観に行くことはない。

自分の勝手な思い込みは無知であること以上に恥ずかしいということを学んだのも、ジョーズからである。とはいえ、その間違いは、いつまでたってもなくならない。同じ魚の映画でいえば、『ファインディング・ニモ』をしばらくの間、"ファイティング・ニモ"だと思っていた。確かにニモはいろんなものと戦ってはいたが、どうも違ったようだ。ずいぶんと恥ずかしい体験をしたが、それを笑いのネタに変換してごまかすという技も、やはりジョーズから学んだことになる。

ジョン・ウィリアムズが手掛けたあのテーマ曲(アカデミー賞で作曲賞)を聴くと、今でもドキドキするのだ。

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『JAWS/ジョーズ』
製作:デヴィッド・ブラウン、リチャード・D・ザナック
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ピーター・ベンチリー、カール・ゴットリーブ
出演:ロイ・シャイダー、ロバート・ショウ、リチャード・ドレイファス
音楽:ジョン・ウィリアムズ
製作国:アメリカ
製作年:1975年
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vol.161 『マン・オブ・スティール』 by 黒澤桂子


8月のテーマ:魚

スーパーマンの最新作『マン・オブ・スティール』が、8月30日に日本で公開される。『ダークナイト』のクリストファー・ノーランと、『300<スリーハンドレッド>』のザック・スナイダーが組み、期待を裏切らない超大作となっている。全米公開は6月だったので、ロサンゼルスの私たちは一足先に観ることができた。(以下、予告編などに出ていること以外は、ネタバレにならないように書いているので、ご安心を)

これまでのボーイスカウト的なスーパーマン像とは異なり、この映画では、alienation(文字どおりエイリアンだし)だとか、つらくて孤独な自己発見の過程といった要素にフォーカスがあてられ、スーパーマンの別の側面が描かれている。

地球で成人したクラーク・ケントは、初めて登場する場面で、漁船の甲板員として蟹漁をしている。荒れ狂う灰色の凍てつく海で、怒鳴られながら無言で作業をする映像に、クラークの心情や置かれている状況が象徴されている。

設定は、北極圏に近いアラスカ沖ベーリング海だが、撮影はカナダのバンクーバー沖で行われた。テレビ番組『ベーリング海の一攫千金』にも取り上げられた漁師がアドバイザーとしてこの場面の撮影に参加したそうだ。アメリカで最も危険な職業の第1位に漁師がランクされているが、中でもアラスカの蟹漁師の仕事は特に危険で、負傷や死亡が多く、漁師が毎週一人死亡している計算になるという。ベーリング海は本当に地球の果てのような所で、数万トンの大型船で行ってもものすごく揺れるのに、あんなに小さな漁船では船が転覆しても不思議ではない。人間にとっては非常に危険で過酷な、隔絶されたこの荒海から、アウトサイダーであるクラークの苦悩や葛藤、そして自己発見の物語が展開していく。ストーリーはクラーク・ケント/カル=エル(スーパーマン)の心理面に迫っているので、それに続くアクションシーンに重みが出て、単なるヒーロー映画でなくなっているのがいい。

さて、せっかくなのでこの場を借りて、この映画の音楽やキャスト、感動の秘話、作品中の"イースターエッグ"について話したい。

<音楽>

音楽はアカデミー賞受賞作曲家ハンス・ジマーが担当。スーパーマンといえばジョン・ウィリアムズ作曲のテーマ曲があまりにも有名なので、この映画の音楽は難しかったはずだ。ジョン・ウィリアムズが好きで、彼のコンサートにも行った私が言うが、ジマーの音楽はすばらしかった。メインテーマは、荘厳でありながらも、スーパーマン像に、深さと謙虚さ、そして新たな決意から湧き出てくる静かな強さを与えている。ウィリアムズの音楽は、愛国、自信、高潔、勝利といったイメージだったが、ジマーの音楽はもっと複雑かつ謙虚であり、試練のあとに見えてくる希望、地平線に広がってくる夜明けといった感じだ。

迫力のあるドラムは、10~12のドラムセットを、録音マイクを囲んで四辺に配置して作った"ドラムのサークル"で同時に演奏したものだ。ジェイソン・ボーナムやシーラ・E、ファレル・ウィリアムスなど15人のドラマーが参加した。また、シンセサイザーっぽく聞こえる音は、8台のペダル・スティール・ギターによるものだという。

<キャスト:スーパーマン役のヘンリー・カビル>

スーパーマン役の英国人俳優ヘンリー・カビルは、このキャラクターを心身ともにうまく具現化している。VFX満載の作品だが、ヘンリーのみごとな筋肉は本物(上半身裸のシーンの撮影時は、身長185cm、体重86kg、体脂肪率3%)で、撮影前5カ月間および撮影中6カ月間の過酷なトレーニングとコントロールされた食事で作り上げたものだという。デジタルで増強処理もせずエアブラシ・メイクもせず、ステロイドなども一切使っていないそうだ。

ヘンリーは、厳しいトレーニングによって自分の限界を超え、不可能だと思っていたことを成し遂げる過程で、肉体的にも精神的にも新しい自分を発見したという。それはちょうどクラークが、つらくて孤独な過程を経て自分が何者であるかを発見し、飛べることを知り限界に挑戦して音速の壁も破り、人類を救う使命を見出した状況と同じだ。ヘンリーは、このプロセスとその成果により、スーパーマンを演じる資格を得たと実感できたそうだ。その自信や確信は、スーパーマンの態度や歩き方にも表れている。(ただ、あの体はスーパーマン役にはいいけれど、ほかの役には全然合わないため、今は筋肉量を落としており、6月半ばの時点で筋肉はもう7kg近く減ったとヘンリーが言っていた。)

<感動の秘話>

『マン・オブ・スティール』の撮影開始後に明かされたいい話がある。この映画でスーパーマンの実父、ジョー=エル役を演じたラッセル・クロウとヘンリー・カビルの出会いは、実は2000年、ヘンリーがまだ16歳くらいの時にさかのぼる。ヘンリーが在籍していたイギリスの寄宿学校にラッセルが映画の撮影に来て、ヘンリーはその作品にエキストラとして出演したのだった。

撮影の合間にヘンリーはラッセルに自己紹介をし、自分は俳優になりたいが、俳優とはどのようなものか、何かアドバイスはあるかと尋ねた。ラッセルは、ヘンリーがエキストラとしてラグビーをしている時に際立っていたので注目していたのと、ヘンリーがとても真剣なので、きちんと答えることにした。収入はいいが、とんでもない扱いを受けることもある、(俳優になるのは)とても難しいし、誰も助けてくれないが、自分の夢がどれだけ途方もないものに思えても、本当にそれを達成したいならコミットしてがんばれ、と励ましたという。(ちなみにこの映画は2000年公開の『プルーフ・オブ・ライフ』で、ラッセルが演じた主人公テリーの息子の名前は、偶然にも「ヘンリー」だった。ラッセルが息子ヘンリーを寄宿学校に訪ねていく場面の撮影だったのだ)

その2日後、ヘンリーにラッセルから小包が届く。ラグビーのジャージーやスイーツ、ラッセルのバンドのCDなどと一緒に、当時公開されたばかりの『グラディエーター』のラッセルの写真が入っており、それには次のメッセージが書かれていた。

Dear Henry,
A journey of a thousand miles begins with a single step.
Russell

(千里の道も一歩から[千里之行始于足下]- もともとは老子の言葉ですね)

ヘンリーは、まもなく映画『モンテ・クリスト伯』(2002年公開)で最初の役を得る。しかし、その後はバーなどで働きながらイギリスとロサンゼルスを往復して何年もオーディションを受け続けるも、なかなか役を得ることができずにがっかりすることが多かった。俳優業にみきりをつけて軍隊に入ろうかと思ったこともある(父親と長兄が軍隊経験者、次兄は現役海兵隊少佐・MBE受勲)。それでもラッセルの言葉を思い出しては「長くて険しい千マイルの道なんだから、一歩一歩進み続けなければ」と自分に言い聞かせて頑張ってきたという。ラッセルからもらった小包は、スイーツなどにも手をつけずに、今でも箱ごと大切にとってあるそうだ。

一方ラッセルは『マン・オブ・スティール』のために、ヘンリーと一緒にジムでトレーニングをしながら、彼にはどこかで会ったことがあるはずだと思っていた。周囲に尋ねてもわからず、思い出せないまま3カ月ほどたち、ついにヘンリーに「Do I know you?」と聞いて、ヘンリーがあの時の少年であったことが判明した。ヘンリーは、10年以上も前の出来事をラッセルは覚えていないだろうから、そんな話を持ち出してラッセルに気をつかわせたくなかったので、自分からは何も言わなかったそうだ。

ヘンリーが俳優として最初の一歩を踏み出した時にそこにラッセルがいて励まし、最初の千マイルを達成した『マン・オブ・スティール』で偶然にも二人は親子として共演したという、たいへん感慨深いエピソードである。ラッセルもヘンリーも本当に嬉しそうにこの話をしていた。こんな関係があるからか、映画の中の二人のシーンはとてもいい。

<イースターエッグ>

映画や、ソフトウェア、ゲームなどの中にいろいろなリファレンスやオマージュなどが隠されていたり、埋め込まれていたりすることがあるが、これをアメリカではイースターエッグと呼ぶ。この映画もイースターエッグ満載だ。(自力で探したい方は、この項目は読まずに飛ばしてください。)

例をあげると、衛星にWayne Enterprisesの「W」のロゴマークがついている(これを見た瞬間に「続編にはバットマンが出るね」と皆で言っていたが、7月にそれが正式に発表され、LA時間本日8月22日、つい先ほど、バットマン役はベン・アフレックに決定したと発表があった)とか、LexCorpの看板のかかったビル(そのうち一つは予告編にも出ている)やトラックなどが出てくる、といったものだ。建設中のビルでスーパーマンがゾッドに投げ飛ばされた時に、「106日間無事故」の看板にぶつかり、数字の1と6が落ちて「0日間無事故」となるなど映像で遊んでいたりもする。また、製作側からはまだコメントがないが、ヘンリーの顔が一瞬クリストファー・リーブの顔になったように見える場面もある。そして、私は気づかなかったが、戦闘シーンで出てくるオフィスビルの中に、「Keep Calm and Call Batman」というサインがかかっているそうだ。アメコミファンやスーパーマンファンは、ほかにもたくさんイースターエッグを見つけている。

なお、クレジットには故大島渚監督への献辞があるという噂だったが(ノーランが『戦場のメリークリスマス』を高く評価している)、私たちが観たバージョンでは探せなかった。日本公開版はどうだろうか?(私たちが観たものは、今年1月に亡くなった本作品製作総指揮のロイド・フィリップスに捧げられていた)

本作品でメインキャラクターを演じる俳優たちは、ヘンリーを除き6人全員がアカデミー賞を受賞または同賞にノミネートされた経験のある豪華キャストだ。ヒーロー/アクション映画ファンでなくても楽しめるのでおすすめの1本である。迫力のあるアクションを楽しみたい方はぜひIMAX 3Dで、イースターエッグ探しをしたい方は、全体が見渡せるサイズの2Dスクリーンでどうぞ。

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『マン・オブ・スティール』(MAN OF STEEL)
製作総指揮:トーマス・タル、ロイド・フィリップス、ジョン・ピーターズ
製作:チャールズ・ローブン、クリストファー・ノーラン、エマ・トーマス、デボラ・スナイダー
監督:ザック・スナイダー
原案:デビッド・S・ゴイヤー、クリストファー・ノーラン
脚本:デビッド・S・ゴイヤー
音楽:ハンス・ジマー
出演:ヘンリー・カビル、エイミー・アダムス、マイケル・シャノン、ケビン・コスナー、ダイアン・レイン、ローレンス・フィッシュバーン、ラッセル・クロウ
製作国:アメリカ
製作年:2013年
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