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vol.160 『JAWS/ジョーズ』 by小笠原ヒトシ


8月のテーマ:魚

子供のころ、サメもクジラもイルカも魚だと思っていた。明らかに形状の異なるイカやタコ、カニやエビを魚と呼ぶことはなかったが、海や川で泳いでいる尾ヒレのある形状の生き物をすべて魚と呼んでいたはずだ。哺乳類という言葉を知る前のことだ。

それから何年か過ぎた夏休みのある日、映画『JAWS/ジョーズ 』を観た。スティーヴン・スピルバーグという監督の名は知らなかったが、初めて自分の意思で映画館に足を運んで観た洋画である。サメは魚類でクジラやイルカは哺乳類だと分かったのもそのころだった。しかし、今度はジョーズ(JAWS)とは英語でサメのことだと思い込んでいた。英語の辞書の引き方は知らなかった。その後、サメは英語でシャーク(SHARK)というのだと判明したが、しばらくの間、普通のサメがシャークで、怖い人喰いザメをジョーズと呼ぶのだという勝手な解釈をしていたはずである。

こうしたエピソードも含め、大げさに聞こえるかもしれないが、1975年に公開されたこの"魚"の映画は私の人生に少なからず影響を与えた。

クライマックスシーンで巨大サメとの格闘場面になると、少年はあまりの恐怖に「トイレに行く」とウソをついて席を立ってしまった。そして、ドア越しに聴こえるすさまじい音響(アカデミー賞で音響賞)と登場人物のセリフに耳を傾けた。どこかのタイミングでは席に戻りたいと思いながら。しかし、英語が分からないから、いつ戻ればいいかが分からない。これは英語ができるようになるしかないのだと思った。その後、少年はアメリカへ渡り、大学で映像制作を学び、ハリウッドで映画製作の仕事に就いた。ジョーズのおかげである。

私は泳げない。ジョーズのせいである。海の中が怖いのだ。初めて観たのがイルカが登場する『フリッパー』だったら、きっと泳げたに違いない。プールで泳げないというのは別の問題だともいえるが、すべてはあの映画館で味わった恐怖体験が原因でうまく泳げないのだと思っている。さらに、怖い映画がとても苦手である。ジョーズ以降に大量発生した動物パニック系映画はもちろんのこと、ホラー映画などは、どんなに話題となった作品でも自分からすすんで観に行くことはない。

自分の勝手な思い込みは無知であること以上に恥ずかしいということを学んだのも、ジョーズからである。とはいえ、その間違いは、いつまでたってもなくならない。同じ魚の映画でいえば、『ファインディング・ニモ』をしばらくの間、"ファイティング・ニモ"だと思っていた。確かにニモはいろんなものと戦ってはいたが、どうも違ったようだ。ずいぶんと恥ずかしい体験をしたが、それを笑いのネタに変換してごまかすという技も、やはりジョーズから学んだことになる。

ジョン・ウィリアムズが手掛けたあのテーマ曲(アカデミー賞で作曲賞)を聴くと、今でもドキドキするのだ。

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『JAWS/ジョーズ』
製作:デヴィッド・ブラウン、リチャード・D・ザナック
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:ピーター・ベンチリー、カール・ゴットリーブ
出演:ロイ・シャイダー、ロバート・ショウ、リチャード・ドレイファス
音楽:ジョン・ウィリアムズ
製作国:アメリカ
製作年:1975年
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