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vol.155 『エターナル・サンシャイン』 by 中塚真子


5月のテーマ:寄り道

寄り道は、普段の道では出会うことがない、行き当たりばったりの何かに遭遇する感覚が最高である。そして一番の寄り道は、仕事帰りの平日ガラ空きのシアターで観る一人映画鑑賞。『エターナル・サンシャイン』も、そんな中で出会えた大好きな作品だ。

 
この映画を単なるせつないラブストーリーで括ってしまうのは、なんとなく惜しい。もちろんそういった要素も多くあり感銘も受けるのだが、もっとなんというか人間科学的なもの (たとえば個人の記憶とは、いかに美しく都合よく彩られ、一方的であり断片的であるとか、脳の記憶と心の記憶の葛藤や理性と感情の哲学であるとか)、 人間は単純でもあるが複雑でもある、その両面性を持つ生物なのだという側面が私は好きだ。

原題は『Eternal Sunshine of the Spotless Mind』(一点の汚れもなき心の永遠の陽光)。 "幸せとは無垢で清らかな心、忘却に沈みゆく世界、汚れなき心の永遠の陽光、陰りなき祈りは運命を動かす" 18世紀の英国詩人アレキサンダー・ポープの恋愛書簡詩『エロイーザからアベラードへ』からの引用となっている。さて、このタイトルは何を意味するのだろう?

"忘却はより良き前進を生む" もしある記憶に縛られたまま、新たな一歩を踏み出せないのであれば、データのようにさっくりと頭の中から削除してしまってはどうか? 作中に出てくるラクーナ社なら、わずかひと晩の睡眠の間に、記憶除去手術を行うことが可能である。 でも果たして、人間はそんなにシンプルな構造の生き物なのか? 

かつての恋人同士、ジョエル(ジム・キャリー)とクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)。 時が経つにつれ関係が悪化した二人は、辛い記憶から解放されるため、お互いの存在を記憶上から削除するための施術を受ける。ラクーナ社・ハワード博士が開発した記憶除去装置によって、脳の記憶消去作業がどんどん進む一方で、ジョエルの心の内では少しずつ抵抗感を覚える。夢の中で記憶を逆回転で追体験するジョエルだが、2人の最も美しい思い出であるチャールズ川の氷上デートの記憶消去に差し掛かると「この記憶だけは消したくない」と気持ちが変わる。 そしてクレメンタインの記憶消去を阻止しようと仮想現実世界で逃亡を始め、記憶の中で再び彼女に恋をして、2人の逃亡劇が繰り広げられる。 その手法は、チャーリー・カウフマンならではのなんともユニークな脚本だ。(ちなみにカウフマンはこの映画でアカデミー脚本賞を受賞した)。

 さて"忘却はより良き前進を生む"とは、かの有名な哲学者ニーチェの言葉で、この映画のキーセンテンスでもある。かつてハワード博士と深い関係にあったメアリー(キルスティン・ダンスト)がストーリーの中で引用しているのだが、ここにもカウフマンの仕掛けがあり、そのシニカルな演出がとてもユニークである。

そしてストーリーのエンディングはこの歌で閉められる。

 Change your heart Look around you (気持ちを変えて 振り返ってごらん)
 Change your heart It will astound you (気持ちが違えば 世界も変わるから)
 I need your lovin' Like the sunshine (君の愛が必要なんだ 太陽の光と同じように)
 Everybody's gotta learn sometime (いつかは学ばなければ)

                 ~Everybody's Gotta Learn Sometimes by Beck~

原題『Eternal Sunshine of the Spotless Mind』のヒントになるのだろうか?

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『エターナル・サンシャイン』
監督:ミシェル・ゴンドリー
脚本:チャーリー・カウフマン
出演:ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット
製作国:アメリカ
製作年:2004
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