今週の1本

« vol.156 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』 by藤田庸司 | 今週の1本 トップへ | vol.158『遠い空の向こうに』 by浅野一郎 »

vol.157 『リアリティ・バイツ』 by桜井徹二


6月のテーマ:衣替え

『リアリティ・バイツ』には印象的なセリフが数多くある。「あいつは超訳で本を読むアホだ」、「奨学金もCDの代金も踏み倒してやる」、「すてきなドレスだよ。まるでカーテンだ」...。そしてシーンで言えば、コンビニでかかる『マイ・シャローナ』で踊りまくる場面がよく知られている。

最後にとおして観たのはだいぶ前のことだが、それでもいくつものセリフやシーンを思い浮かべることができる。はじめて観た時となると学生時代だからもっと昔にさかのぼるが、同じように、その時に受けた印象は今でもはっきりと思い出せる。その時の僕が感じたのは、びりびりとしびれるような共感だった。

イーサン・ホーク演じるトロイをはじめとする登場人物たちは、厭世的でプライドばかり高く、何かと理屈をこねては他者を批判する。本当のところでは自分たちが何者で、何をすべきかもよく分かっていないが、社会に取り込まれてその一員になることに抵抗を感じ、それぞれの理想を追っている。

言ってしまえば、彼らは現実を知らない未熟な若者といえるかもしれない。でも当時の僕にとって、彼らは一種のヒーローであり、ロールモデルだった。僕も彼らと同じように、スーツを着て毎日会社に行くような生活に何となく抵抗を感じていたし、就職活動さえすることもなかった。自分には何かやるべきことがあるのではないかという漠然とした思いを抱いていた。

しかし、(映画のタイトルが示しているように)現実は厳しい。僕は大学卒業から数年後にはのらりくらりの生活から足を洗い、会社勤めを始めた。同じく映画でも、トロイの仲間たちは徐々に現実に向き合い、トロイもトロイなりに少しだけ地に足をつけて生きようとする。

もちろん、現実に目覚めたトロイたちがそのあとどうなったかは映画では語られていない。かつてのこだわりをすっかり忘れて高級車を乗り回したり、ゆうゆうと庭で鯉にエサをやったりしているかもしれない。仮にそうだとしても、僕もミニバラを育てたりしているのだから似たり寄ったりだろう。

でもそんなふうに現実にしっかり浸かりながらも、僕は今でもささやかな抵抗を続けている。その抵抗というのは、「スーツを着ない」というものだ(こうして書くと本当にささやかだけれど)。これまでいくつかの会社で働いてきたが、いつでもスーツ勤務ではない仕事を選ぶようにしてきた。もちろん必要があればたまには着るけれど、常時着たことはない。特にスーツを目の敵にしているわけではないが、いわば義理立てのように、それだけは頑なに守ろうとしてきたのだ。

だから普段はTシャツやポロシャツなどのカジュアルな服を好んでいるのだが、今では仕事柄、人前に立つことも少なくない。そうなるとシャツを着たり革靴を履いたり、一応ちゃんとした服装をする機会も多く、とくに寒い時期は毎日シャツを着ている。

『リアリティ・バイツ』の世界は日々遠のいていっているわけだが、それでも毎年、衣替えの季節にはシャツをやめてTシャツ中心の服装に切り替えるようにしている。スーツだろうとTシャツだろうとどちらでもいいようなものだし、つまらないこだわりなのもよく分かっている。だけど、これは姿勢の問題なのだ。

そんなわけで、僕も今日もまた何かと理屈をこねては、ささやかな抵抗を続けている。

─────────────────────────────────
『リアリティ・バイツ』
監督:ベン・スティラー
出演:ウィノナ・ライダー、イーサン・ホーク
製作国:アメリカ
製作年:1994年
─────────────────────────────────