今週の1本

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2013年11月 アーカイブ

vol.166 『おおかみこどもの雨と雪』 by 藤田彩乃


11月のテーマ:学び

ある男性と出会って恋に落ちた大学生の花。しかし、しばらくして彼が人間の姿で暮らす「おおかみおとこ」だと知ります。しかし花はそれを受け入れ、2人の子供を産みます。雪の日に生まれた姉は雪、雨の日に生まれた弟は雨。そう名づけられた2人は人間とおおかみのふたつの顔を持つ「おおかみこども」でした。それを隠して静かに幸せに暮らしていた一家でしたが、父である「おおかみおとこ」が突然死亡。残された花は、雪と雨を守るため、都会を離れて自然豊かな田舎町に移り住み、悪戦苦闘しながら「おおかみこども」を女手ひとつで育てていきます。

この作品では、花の19歳から32歳までの13年間が描かれています。映画を観ていると、まるで花、雪、雨の家族と一緒に時を過ごしたような感覚になります。大学生だった花が母になり子育てをすることによって精神的に成長していく姿、おてんばな雪や気弱な雨がひとりの個人として成長していく姿を、そばで一緒に見ているようで、小さな出来事にも妙に感動してしまいます。「おおかみこども」である雪と雨が、「おおかみとしての道」も「人間としての道」のどちらも選べるように、田舎に移り住んだ花でしたが、いざその時になってみると、子どもたちの決断を素直に受け入れられず苦悩します。立派に育ってくれたことを嬉しく思う一方で、自分の元を離れ旅立っていく子どもたちに寂しさも感じていたのでしょう。そんな葛藤や複雑な心境が伝わってきて、思わずポロポロ涙が出てきます。そして、どんな大変なことが起こっても体を張って一生懸命育てる花の姿を見て、母の強さを実感。自分の母親への感謝の気持ちがこみ上げてきます。一見ちょっと非現実的な設定なのですが、だんだん見進めるにつれ、どんどん作品の世界に引き込まれ、最後は号泣すること間違いなしです。

花の移住先の舞台となっているは、細田守監督の生まれ故郷である富山県。彼の出身地である上市町や、その隣の立山町周辺に広がるのどかな田園風景や雄大な山々が、丁寧かつ美しく描かれています。かくいう私も実は富山県出身。富山の両親によると、公開前から地元ではかなり話題になっていたようです。作品内では見覚えのある景色がたくさん出てきましたので、映画の舞台になった富山の名所を少しご紹介しましょう。

雨が「先生」と慕うおおかみに連れられて水を飲みに来た場面やラストシーンで、大きな滝が何度か登場します。このモデルは富山県立山町にある「称名滝」。地元ではとても有名な滝で、富山で育った人は遠足や修学旅行などで一度は必ず訪れる、富山を代表する絶景の1つです。称名滝の落差はなんと350メートル。日本で最も高い滝として知られています。雪が多く降る冬は通行止めになり訪れることができませんが、春から秋にかけては直通バスが出ています。さらに、雪解け時にのみ現れる落差500メートルのハンノキ滝も見ごたえがあります。そして、そのバスで滝まで行く途中に車窓から見えるのが、ラストシーンのモデルなっている「悪城の壁」。横幅2キロ、高さ500メートルの巨大な岩で、一枚岩の大断崖としては日本一と言われています。他にも、花が住む家は、上市町の山深いところにある古民家がモデルだそうですし、里山の登山道や草原に1本の木がぽつんと立っている風景など、富山の大自然がモチーフになっていると感じられて、富山県民としては嬉しい限り。実際の景色も圧巻ですが、本作でもとても壮大に幻想的に描かれているので、ぜひ風景にも注目してみてください。

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『おおかみこどもの雨と雪』
監督・脚本・原作:細田守
声の出演: 宮崎あおい、大沢たかお、 菅原文太 ほか
製作国: 日本
製作年:2012年
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vol.167 『31年目の夫婦げんか』 by 丸山雄一郎


11月のテーマ:学び

主演はトミー・リー・ジョーンズとメリル・ストリープ。監督は『プラダを着た悪魔』のデヴィット・フランケルというロマンティックコメディ。

結婚生活31年目を迎えた1組の夫婦。妻のケイ(メリル・ストリープ)は、いまでも夫(トミー・リー・ジョーンズ)と愛情を確かめ合いたいと思っているが、彼はケイに無関心。いつの間にか寝室は別になり、会話らしい会話もないまま毎日が過ぎる。そんな現状を何とかしようと、ケイは高額なカップル向けのカウンセリングに出かけようと夫を誘う。果たして2人はそこで前のような愛情を取り戻せるのか...。

ストーリーは単純だし、ドラマティックな展開もない。でもケイを演じるメリル・ストリープは本当に可愛いいし(彼女がサッチャーを演じた映画とぜひ見比べて欲しい。その演技の幅に驚愕するに違いない)、トミー・リー・ジョーンズは口下手で不器用だが、その誠実さにグッとくる。何よりこの映画は、いくつになっても、何年一緒にいても大切な人には努力し続けなくちゃいけないということを再認識させてくれる。

僕は努力し続けられなかったけど(笑)、この映画からは"幸せ"をたくさんもらった。付き合い始めのカップルにも、子育てが大変な若夫婦にも、長年連れ添ったご夫婦にもおすすめ。人生にとって大事なことをきっと教えてくれるはずだ。

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『31年目の夫婦げんか』
監督:デヴィット・フランケル
出演:メリル・ストリープ、トミー・リー・ジョーンズ、スティーヴ・カレル
制作国:アメリカ
制作年:2012年(日本公開は2013年)
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vol.168 『Go Goa Gone』 by 藤田奈緒


11月のテーマ:学び


このところ今までになく劇場公開されるインド映画の数が増えている。スピルバーグが絶賛したという『きっと、うまくいく』はわりと話題になったので、名前ぐらい聞いたことがある人もいるかもしれない。 とはいえやはり多くの人にとっては、インド映画といえば『ムトゥ 踊るマハラジャ』の歌って踊るイメージが根強く残っているのが現状だろうか。

『Go Goa Gone』はそんなステレオタイプのインド映画のイメージを覆す新感覚の1本だ。ボリウッド初のゾンビ・コメディという触れ込みの大爆笑ゾンビ映画。ハリウッド映画顔負けのテンポの良さで、108分間見飽きる心配なし。(3時間以上の大作が多いインド映画の中では珍しく短め。最近はこのぐらいのとっつきやすい尺の作品も増えているらしい)

主人公はイマドキの若者3人組。理由をつけては仕事を休憩してトイレでマリファナを吸うダメ会社員のハルディクとラヴが、ひょんなことからマジメ会社員の親友バニーの出張にくっついて、南インドのゴアへ出かけることに。そこでロシアンマフィア主催のレイブパーティーに参加した3人はとんでもない騒動に巻き込まれる。新開発のドラッグを試した客が次々にゾンビに姿を変え、血を求めて人間を貪り食うようになってしまったのだ。

インドにはお化けは存在しても、ゾンビなど存在しない。初めてゾンビなるものを目にした3人は恐れおののき逃げまどう中で、会社の社訓を思い出す。"What do we KNOW... What have we LEARNT?"(経験から学べ)。そしてパニックに陥りながらも、必死でゾンビに関する知識を総動員して対策を練るのだった。

...という感じで悪ノリ満載のおバカ映画なのだが、窮地に陥りながらもその状況から学ぶ姿勢を忘れない3人組を見ていて、ふと自分を振り返った。私って最近"学ぶ"ことを放棄してないだろうか? 身近なエピソードで言うと、お酒を飲むたびにiPhoneを失くし続けるという悪癖からはようやく卒業したものの、その他の小さな失くし物(よくあるのはピアス)は後を絶たない。外したら必ず同じ場所にしまえば済むことなのに、なぜ学ばないのか。相方を失くしたピアスは増える一方だ。

とはいえ、そんな私にもこの頃、密かに誇りを感じていることが1つある。映像翻訳ディレクターの仕事に就いてちょうど10年目なのだ。最近立て続けに、10年近くともに働き続けた2人の可愛い同僚たちが結婚し、1人はフリーとなり新しい世界に旅立った。出会った当初は大学を出たばかりだった彼女たちが人生の節目を迎えたことで、それだけの長い時間が経ったことを実感した。それと同時に、10年以上前、この世界に飛び込んだ時には映像翻訳のイロハも知らなかった自分が、知らぬ間にそれなりの経験と知識を身に付けていたということに気づかされた。つまり年月と毎日の仕事の積み重ねが、私に"学び"を与えてくれていたのだ。そのことにじわじわと感謝しているところなのである。

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『Go Goa Gone』
監督:クリシュナ・D・K、ラージ・ニディモル
出演:サイフ・アリー・カーン、クナール・ケームーほか
制作国:インド
制作年:2013年(日本では劇場未公開)
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