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vol.174『ソフィー・マルソーの過去から来た女』 by桜井徹二


2月のテーマ:謎

最初に断っておくと、今回紹介する映画はあまりおすすめできる作品ではない。正直に言って、「なぜこれが作品として世の中に送り出されたのだろう?」と思ってしまうような作品なのだ。

監督・主演はフランスの人気女優ソフィー・マルソー。パリ市警の刑事が謎の女から捜査を依頼されるが、その女は30年前に事故死した女優にうりふたつで...というストーリーも、フランスらしいミステリー映画という感じだ。予告編はよくできているし、映像もしっかりしている。話がわかりづらく忍耐力を強いられる作品ではあるけれど、もっと支離滅裂だったり意味不明だったりする作品は世の中にたくさんある。この作品は、そういう筋金入りの駄作とか超のつく低予算映画とかいうわけではない。

ではこの映画の問題は何か? それは、撮影用のマイクが画面に映り込むことである。それも1回や2回ではない。10回も20回も映り込むのだ。

映画冒頭。深夜、悪夢を見た男が目を覚ます。洗面所で鎮静剤らしきものを飲んでいると、ふと亡霊のような女が廊下を横切る。誘われるようにあとを追った男は、廊下の先で女に追いつき、静かに向かい合ってキスを交わす。そんな幻想的なシーンで、まずは画面上方に集音マイクの先端がひかえめに映り込む。

これくらいなら、きっと多くの人が「ささいなミスだし見逃してあげよう」という気持ちでそのまま観続けるだろう。だけど、そんな観客の寛容さをよそに、そのあともマイクは繰り返し映り込む。緊迫した会話が交わされる場面でもちらちら映り込み、刑事が全力で走り回る場面でもふらふらと映り込む。ヘタな脇役よりもよく映るものだから、そのうちマイクばかり気になってしまって話が頭に入ってこなくなる。

そして物語の中盤で、マイクの先端だけでなく柄の部分までが完全に映り込むにつけ(細かいパーツまで丸見えなのだ)、ついにこう思うことになる。これは一体どういうことなんだろう? どんな理由でこの映画は完成とみなされたのだろう?

僕が知る限り、撮影された映像は作品が完成するまでに何十人もの目を通過するはずだ。現場でカメラマンや監督が確認するのはもちろん、編集者やプロデューサーなど、無数のスタッフの手(と目)を経て作品はできあがる。

あの映り込みようをその全員が単純に見逃すということは考えにくい。となると、みんながマイクに気づきながら、「ま、いっか」と思った結果とも考えられる。「ま、いいか。いい演技していたし」とか「ま、いっか。ちょっとだし」(ちょっとではないけど)とか、そういう小さな「ま、いっか」が奇跡的に積み重なったのかもしれない。でもそんなことがそうそう起きるとも思えない。といって、まさかわざと映したということはないだろうし......。じゃあなぜ......。

という具合に、数年前から折に触れてこの作品(のマイク)のことを考えているけれど、どれだけ考えても答えは出ない。まったくもって謎に満ちた作品である。

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『ソフィー・マルソーの過去から来た女』(2007)
監督:ソフィー・マルソー
出演:ソフィー・マルソー、クリストファー・ランバート
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